中小企業の経営者が事業承継 を考えるとき、大きな障害となるのが株の処分にかかる色々な税金です。
会社の内部留保が出資した当時から増えていないのであればあまり問題はないのですが、一般的には経営の安定のため毎期利益を出し、内部留保を積み立てていきます。
これが設立して数十年と経ちますと、良かれと思って積み上げてきた内部留保が多額になっており、事業承継の足枷となってしまうという事例がしばしばございます。
個人から別の個人へ譲渡する場合と、個人からその株式発行会社へ譲渡する場合とでも、かかる税金の種類が変わっています。
実務上の事業承継において、内部留保が多額になりすぎた場合個人から個人への売買が難しくなることがあります。しかし会社が存続する前提では、株式は譲渡しない限り相続税の課税財産となり被相続人に相続税が課されます。
この場合事業を譲る側、会社から離れる側が株式を手放すことで他株主の議決権割合を増加させる方法が用いられます。すなわち「自己株式」という形で、個人ではなく発行元の会社が買い取るということです。
今回は、「個人からその株式発行会社へ譲渡する場合」の注意すべき税務を解説いたします。この株式は、譲り受ける会社側から見ると「自己株式」と言われるものとなります。
目次
(1)株主の判定
(2)会社規模の判定
(3)特定会社等の判定
(4)評価方式の算定
(5)算定の結果
(ケース1)1億5,000万円(評価額そのまま)で譲渡した場合
(ケース2)9,000万円(評価額の60%)で譲渡した場合
(ケース3)7,000万円(評価額の47%)で譲渡した場合
自社の株の税務上の評価方法は、会社の規模、株主構成などで判定します。
業種:建築土木業
発行済株式数:300株
株主数:5名(5名はそれぞれ親族関係、特殊関係 はないものとします)(※1)
株主それぞれの持ち株数:B氏120株、C氏60株、D氏40株、E氏40株、F氏40株
常時雇用従業員数:18名
売上高:10億円
貸借対照表の株主資本:6億円(便宜上、純資産価額方式もこの数字を使用します)
総資産:9億円
資本金:5千万円
(※1)親族関係、特殊関係に当たる場合には、以下のようなものが考えられます。
①株主等の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)
②株主等と婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者
③株主等(個人である株主等に限る。④において同じ。)の使用人
④①~③に掲げる者以外の者で株主等から受ける金銭その他の資産によつて生計を維持しているもの
⑤①~③に掲げる者と生計を一にするこれらの者の親族
BさんはA社の40%の株を持っているのに対し、Dさんは13%しか持っていません。
単純な株式数は、BさんはDさんの3倍ですが、会社への影響力は3倍以上ある、と考えられます。
このため、発行済株式数の「30%以上 」を持つBさんは同族株主(※2)、C,D,E,Fさんは「1/3未満」ですので同族株主以外となります。これにより同じA社株式でも評価方式が変わってくるのです。
少数株主(この場合はC,D,E,Fさん)は「配当目的で株を保有している」と言えますので、「配当還元方式」で評価します。
(※2)株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が、議決権総数の30%以上である場合のその株主及びその同族関係者を同族株主と呼びます。ただし、議決権比率が50%を超える株主グループがある場合、他に30%以上の議決権を持つグループが存在したとしてもそのグループは同族株主には該当しません。
従業員数、総資産価額、年商額により求めた区分を比較し、会社規模の高い方がその会社の区分とされます。
A社の場合、「中会社の大」 となります。
A社の場合特定会社等に該当しません。
判定基準 | |
---|---|
株式等保有特定会社 | 総資産額に占める株式等の割合50%以上 |
土地保有特定会社 | ・総資産額*に占める土地等の割合を会社規模別に判定 ・大会社=70%以上、中会社=90%以上、小会社=業種と総資産価額の規模により、90%以上または70%以上 |
その他 | 開業後3年未満の会社、直前期末の3要素(配当・利益・純資産)がゼロの会社、開業前または休業中の会社、清算中の会社 |
(※3)不動産や株式など特定の資産を多く所有している場合や、開業直後、休業中といった一般的な経営活動を行っていない会社を指します。
評価額の算定方式には、以下の4つがあります。
上場会社の株価を基にして配当金額、利益金額、純資産価額の3要素を比較して計算する方式です。
課税時期における資産・負債の相続税評価額を基にして、1株当たりの純資産価額を算出する方式です。
直前期末以前2年間の年平均配当金額を基にして、計算する方式です。
なお、特定会社等に該当しない場合は原則として「併用方式」または「純資産価額方式」のうち評価額の低い方で算定がされます。
そのため、A社のBさんが自社に株式を買い取ってもらう場合は「併用方式」または「純資産価額方式」の内低い方で評価額を算定することになります。
算定した結果、Bさんの持つ120株の評価額 が1億5千万円だったとして、いよいよ税金の計算をしてみましょう。
Bさんが持っているA社株式全てをA社に買い取ってもらった、という前提です。
設立時のBさんの出資額は2,000万円(=資本金5,000万×出資比率40%)です。これに対し会社は1億5,000万円を支払う訳ですので、差額は配当が支払われたとみなされます(みなし配当)。
配当所得以外の所得が全くないとしても4,768万円の所得税と1,280万円の住民税が課されます。
この場合もケース1と計算方法は同じです。
2,318万円の所得税と689万円の住民税が課されます
問題はこのケースです。評価額の1/2未満の金額で譲渡しています。
個人が法人に、評価額の1/2未満の金額で譲渡した場合、時価で譲渡したものとみなす、という「みなし譲渡」の特例がございます。
まず7,000万円-2,000万円=5,000万円の金額がみなし配当です。
さらに1億5,000万円で譲渡したとみなし、上記配当部分は除きますので8,000万円(1億5,000万円-2,000万円-5,000万円)の部分が譲渡所得となります。
これらを合算すると、2,777万円の所得税と891万円の住民税が課されます。
会社からもらう金額は下がっているのに、税金は増額するのです。
さらに、ケース1・2・3とも、Cさん、Dさん、Eさん、Fさんにみなし贈与として贈与税が課されます(※4)。
(※4)Bさんが株を譲渡したことでCさん以下の保有する株の価値が上昇します(1株当たり純資産で算定すると、譲渡前:1株300万円ですが譲渡後:1株500万円となります)。Cさん以下はBさんのおかげで儲かったと考えられるため、Bさんから贈与があったものとみなして贈与税が課税されます。
以上のように、自己株式の譲渡には慎重な対応が必要となります。
譲渡までに内部留保を減らしておくなどの対応が節税となる場合が多くあります。ご検討中の方は一度弊社へご相談ください。